VI ANJERIE US LIFE VOL 57<HIDEKI SAIJO EVENT IN SEPTEMBER NO3 IN TOKYO AND BACK TO CHICAGO OCTOBER TO DECEMBER 2024>
1,西城秀樹フィルムコンサート
世田谷の家の賃貸を始めるために不動産を8月中に決めました。荷物を倉庫に全部入れました。あとは、自分の荷物をまとめて、シカゴへ戻る準備をしていた時、右眼がグリーン色になって視界が狭くなりました。すぐに近所で通院している総合病院に行って眼科の先生に診てもらいました。眼底に穴が開いているとのことで、緊急手術をすることになりました。シカゴにいる夫リチャードには時差の関係があるため、留守番を入れておきました。あまりに急でしたので、自分でも驚きました。手術は40分ほどで終わり、その日はそのまま帰宅してゆっくりしました。夜にリチャードから連絡をもらい、とても心配してくれました。話ができて安心しました。
また東京にいる親しい友人たちも心配して声をかけてくれました。家族、友人は大事な宝物だなと思います。ありがとうございます。私はとても恵まれているなと思います。
これからも多くのつながりを大切に守っていこうと思います。よろしくお願いします。
眼科の先生が術後は、プレッシャーを与えてはいけない、飛行機に乗るのは、危険だというので、シカゴへ戻るフライトが1週間後でした、9月末に変更しました。
東京滞在が延長となり、賃貸のための準備も1か月後に全て変更しました。
床暖房の修理、家全体の掃除はお天気の関係もあり、私がシカゴへ出発した後になってしまいました。スケジュールの大きな変更で、賃貸契約したa会社の不動産会社に迷惑をかけてしまいました。今後ともよろしくお願いします。
滞在を延長したことで、秀樹さんのファン関係の友人marさんから、9月19日から4日間フィルムコンサートのアンコールがあるから行きましょうと誘ってくれました。まだ一般でチケットが買えるというので、その彼女に9月20日のチケット買ってもらいました。
フィルムコンサートが行われるダイバーシティまでレンタカーで行きましたが、慣れていない場所で、marさんとの待ち合わせ場所までたどり着くのに、時間がかかってしまいましたが、ぎりぎりフィルムコンサートが始まる前に到着できました。


1日3本のフィルムを観るので、とても長い1日になります。
1本ごとにある、休憩時間で、秀樹ファンの方の友人でもあるohさんとランチをしました。
フィルムを1本だけ観に行くと、言っていて、後からみえた haさんともそこで、合流しました。フィルムコンサートの全ショーが終了した後、haさんは私のレンタカーに乗ってもらい、一緒に帰宅しました。
フィルムの一部の内容では、大阪球場のコンサートのビデオでした。私は東京で行われていた、4年連続開催された、後楽園球場コンサートは全て鑑賞していますが、大阪球場はファイナルコンサートのみ鑑賞しただけでしたので、今回のイベントで、貴重なフィルムを鑑賞できたこと、大変嬉しかったです。
3本のフィルムのうちの2本は大阪球場コンサートのものでした。
若い秀樹さんが持ち歌、外国カバー曲など、多くの歌を歌いあげました。
まさに、絶叫秀樹ーです。ファンサービスとして、球場内を走り周り、ファン全体に喜んでもらおうと、体力が続く限り、歌っていた姿は、絶賛でした。東京とはまた別の熱狂的な関西、大阪のファンの盛り上がりもあって、素晴らしいコンサートでした。秀樹さん本人も違うノリで、熱くなっていたように感じました。
私たちはフィルムでそのコンサートの模様を観ていますが、まるで、球場内に行ってライブで秀樹さんの歌を聴いて観て、参加しているように思え、感動的でした。
会場で買ったペンライトを曲に合わせてフリつけしながら、私もひできーー、と悲鳴をあげて、会場内のファンたちと一緒に盛り上がりました。
多くの歌を歌ってくださり、コンサートを開いてステージでパフォーマンスを披露してくださったこと、秀樹さんに深謝したいと思います。お疲れ様でした。
大阪球場のファイナルコンサートで歌ってくれた「ありがとう、大阪スタジアム」を思い出し、懐かしい思い出と今の現実に、涙がこぼれました。そしてこの瞬間を大事にしたいと思いました。
このようなイベントを立ち上げてくださったfc関係の皆様、そして、フィルムを残してくださり、それを元に映像をクリエイトしてくださったスタッフの皆様に感謝したいと思います。ありがとうございます。
フィルムコンサートのために、予定を合わせて、地方から多くのファンが鑑賞に来てくれたことも、私たちファンにとっては、嬉しいことだと感じます。
これからも秀樹さんのスピリッツは永遠です。私たちファン一同、力を合わせて、これからも支えていきましょう。
2025年5月に後楽園球場のフィルムコンサートが開催されるとのことです。楽しみですね。
2,ハロウイーンとサンクスギヴィングデー
ハロウイーンは私の体調がイマイチでしたので、みんなで一緒に近所を練り歩いて、キャンディをもらいにいく、tricker of treatをできませんでした。
しかし、息子クリス家族と食事をしました。東京のお土産を彼らにたくさんあげました。
ディズニーのフローズンの映画のキャラクターが好きとのことで、孫のジョアナとエレノアには、フローズンのキャラクターのノートや小物をあげました。喜んでくれました。






東京滞在中、アメリカにあるgokittyというオンラインのサイトで子猫を探していました。
シカゴに戻ってから、オンラインのブリーダーの人にコンタクトをとりました。
友人yuさんと一緒に、その人に会って子猫を見せてもらい、購入しました。


リチャードには猫を飼うことをずっと反対されていましたが、東京滞在中、何度もペットショップに行って子猫の見学をしていたことを話していたので、ようやく認めてもらいました。


子猫を家に連れてきてから、まったく食事をしないし、吐いてしまうので、すぐに先代の猫かみでお世話になった近所のクリニックに連れていきました。
動物同士でうつる、パルボウイルス感染症にかかっていました。
このウイルスは子猫がかかると、75%以上が死に至る、という重い病気です。
ブリーダーの人に病気の猫を買わせるのは、ひどいです。と文句を言ったら、前までいた猫のせいだ、家の中の問題だ、などと、逆切れされてしまいました。ひどいことを言われて、悲しくなりました。オンラインで動物を選んで買うのは、難しいです。詐欺にあったようでした。私の責任ですので、子猫を救うことに専念し、5日間毎日通院しました。
通院の結果、元気に回復し、キャットフードを食べるようになりました。


子猫の名前は王様からとって、おーにしました。
体も1パンド大きくなり、3,5パンドに成長しています。
よく食べて、おもちゃで遊び、走り回っています。とても運動量が多い子猫なので、年取ってきた私たちにとっては、ケアするのが大変かなと思っています。
時間があると、リチャードがおもちゃを使って子猫と遊んでくれるので助かっています。
サンクスギヴィングデーは子猫おーちゃんと私たち3人で過ごしました。
私たちは感謝祭で食べる伝統的なターキー料理でなく、チキンを使ったトマト煮込みを作り、食べました。

3,私のバースデー
クリス家族がバースデーパーティーをしてくれました。
彼らの家で、クリスの妻、ケイティがチキン入り、野菜のクリームシチューを作ってくれましたので、それをいただきました。
食後はバースデーケーキを食べて、可愛いソックスや小物ケースのギフトをいただきました。
楽しい時間をありがとうございました。彼らの気遣いに感謝したいと思います。











