RICHARD’S BEST FRIEND BILL’S FUNERAL CEREMONIE ON 7TH APRIL 18

リチャードのベストフレンドのビルが亡くなり、お葬式が彼が住むマジソン、
ウイスコンシン州へ行われるというので、5日間ほどウイスコンシンへ出かけてきました。

ビルは私たちの結婚の保証人であり、2月にシカゴ、イリノリ州へ引越ししてきて、
現在住んでいるコンドミニアムの家と車の保険の手伝いをしてくれました。

リチャードはビルと他の友人ヘロ夫妻とフィッシングや旅行を楽しむ趣味のお友達関係で長い間親しくしていたそうです。
リチャードはとても近いしい友人が亡くなりとても寂しそうでした。

私たちは結婚した当初はラシーン、ウイスコンシン州に住んでいたので、
時々ビルと妻ビバリーに会いにいっていました。特にラシーンに住んでいるとき、
私の東京の友人のお嬢さんがホームステイで2週間半滞在中の間、
マジソン、ウイスコンシン州の観光の後、そこに住むビルの家へ訪問し一緒に泊まりました。

その後私たちがミゾーリ州へ引越しした後もシカゴに住む息子やマジソン、
ウイスコンシン州に住む娘夫婦を訪ねたときは、
必ずビルとビバリーに連絡し予定が合うときは、彼らの家にお邪魔していました。

ビルはとても仕事熱心でレストラン業、不動産業、
保険会社設立などのビジネスマンとしてマジソンの町では成功した人、
ミリオネラーで有名だったそうです。

彼は最近心臓が弱っていて手術のため、ミネソタ州の病院に入院しました。
しかし術後に亡くなったそうです。69歳でした。
ミネソタ州の病院からビルが「明日手術を受けるから大丈夫。」
とリチャードに電話をくれて少しおしゃべりをしていたほど元気でした。
しかし突然の訃報に私たちはとても驚きました。

ビルとビバリーの間には5人の子供、孫などがたくさんいますが、
カリフォルニア州、コロラド州などにそれぞれ分かれて住んでいます。それでもバースデー、
クリスマスのときには家族大勢でいつもお祝いをしていたそうです。

お葬式には800人以上が参列し家族や友人たちに囲まれ盛大でした。
5人の子供たちからの温かい思い出を語るスピーチは私たちにも涙を誘いました。

お葬式には息子クリスや2人の子供を連れて娘ステファニーも駆けつけてくれました。

ステファニーは現在ウイスコンシンデルズの町(マジソンから1時間半)に引越しをしましたが、マジソンに住んでいる間は、
彼女が飼っている馬2頭のためのバーンをビルに紹介してもらい馬をケアしていたこともあるので、お世話になっていたとのことです。

お葬式の後はホテルでパーティーがあり、私たち、そしてリチャード友人夫妻、息子、娘たちと一緒に参加しました。
パーティー会場にはビルと家族のたくさんの写真が飾られすばらしかったです。

私たちはビルとビバリーの子供たちとビルの懐かしい話題をして写真を撮ったり、夜がふけるまで思い出を語り合いました。

私たちはだんだん年をとってきて親しい友人や知人が亡くなるような年になってきたのだなと実感しました。

そして、家族みんなが健康で元気に過ごせるようにお互い体を大事にしようと話し合いました。

私は結婚してアメリカに住み12年目を迎えました。

東京に住む両親はまだ元気なのでうれしく安心しています。
しかしこれから近い将来どうなるかわからないので、
日本に戻って両親に会ったり、東京にいる友人と会って話しができるように予定を立てたいなと思います。

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亡くなったビルの写真

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私とリチャードの間にいるのがビルの1番目の息子コーベン

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黒と白のジャケットを着ているのがビルの妻ビバリー、そして息子クリス、娘ステファニーとアナベラ、赤ちゃん、リチャード

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リチャード友人ヘロ夫妻​

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